学院聖句
わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。
人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。
わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。
(ヨハネによる福音書15章5節)
年間聖句
「だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。
古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた。」
2026年度も2024年度、2025年度と同じく、上記の聖句が年間聖句です。
この手紙を書いたパウロは、神様からの一方的な働きかけでキリストと結ばれ、心が変えられてしまった人です。「古いもの」とは、パウロにとって正義だったはずの憎しみの心です。「新しいもの」とはキリストに出会った喜びの心です。パウロはその喜びを伝えずにはいられませんでした。それまで、イエスを信じる人々を迫害するためにパウロが振り上げていた拳は、イエスを伝えるために人々に向かって開かれました。 今の世の中を見渡すと、怒り、断絶、敵対、不安そして悲しみが渦巻いています。世界中がその渦の中に巻き込まれそうな日々ですが、その渦を鎮め、渦から助け出してくださる方がいることを知って、祈りつつ、握りしめた手も心も開いて、共に歩みましょう。
院長 守山 惠子
校章

この校章は、1941年第11代徳永ヨシ校長の時代に制定されました。
デザインは、当時本学の図画教師であった田中冬心氏によるものです。
まわりの枠は、「十字架」の形をあらわし、3本の線はキリスト教で重要とされる「信仰・希望・愛」を示しています。その中心に置かれていのは、ぶどうです。このぶどうは、「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。(ヨハネによる福音書15章5節)」という学院聖句を具現化したものです。
「この11個のぶどうの粒は、ひと筆で描き続けられます。すなわち1つの線で、どの粒もつながっているのです。学院に在るすべての人は1つの線、すなわち主を首とする1つの思いで、堅くつながれていなくてはならない。」(考案者・田中冬心氏談)との思いが込められています。
この校章は、福岡女学院につながるひとりひとりが、イエス・キリストに堅く結びついて、真の生命を得、豊かに実を結ぶという、学院の願いを示しています。
デザインは、当時本学の図画教師であった田中冬心氏によるものです。
まわりの枠は、「十字架」の形をあらわし、3本の線はキリスト教で重要とされる「信仰・希望・愛」を示しています。その中心に置かれていのは、ぶどうです。このぶどうは、「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。(ヨハネによる福音書15章5節)」という学院聖句を具現化したものです。
「この11個のぶどうの粒は、ひと筆で描き続けられます。すなわち1つの線で、どの粒もつながっているのです。学院に在るすべての人は1つの線、すなわち主を首とする1つの思いで、堅くつながれていなくてはならない。」(考案者・田中冬心氏談)との思いが込められています。
この校章は、福岡女学院につながるひとりひとりが、イエス・キリストに堅く結びついて、真の生命を得、豊かに実を結ぶという、学院の願いを示しています。