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写真館

GREETING MESSAGE

福岡女学院 院長あいさつ

  守山 惠子院長
学校法人福岡女学院
院長 守山 惠子

「新しい生き方を見つけるために」

福岡女学院は1885年の創設以来、歩みを続け、2025年に140周年を迎えます。
創立者のジェニー・ギール宣教師が、神様からの召命に応え、母国アメリカを離れて来日したのは1879年、33歳の時です。本学院は、この若い女性をリーダーにスタートしました。「日本の少女達が新しい生き方を見つける学校を」との創立者の祈りは、今も古びることなく、本学院の目指すところです。今は「日本の」を越えて、他の国々からの学生にも「新しい生き方」を見つけてほしいと願っています。
キリスト教に基をおく学院は、「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。」(ヨハネによる福音書15章5節)を学院聖句として掲げています。集う園児、生徒、学生が、お互いに学びあいつつ、それぞれに与えられているタラント(賜物)を磨き、将来実を結ぶことができるよう、一人一人を支えています。

福岡女学院の働きのために、地域の方々はじめ多くの方々からお力添えをいただいていることに感謝いたします。今後ともお力をお貸しいただきたく、よろしくお願いいたします。
福岡女学院はこれからも歴史に学び、未来を見据え、祈りつつ、大切なことを見失わずに教育の業に励むことを通して、社会に貢献いたします。

2024年4月
学校法人 福岡女学院
院長 守山 惠子

OUTLINE OF ARCHIVES

資料室概要

目的

福岡女学院資料室は、福岡女学院の歴史に関する資料の収集・整理・保存・調査・研究を行い、学院の教育・研究に資すること並びにその歴史と伝統を後世に継承することを目的とするアーカイブスです。
また、福岡女学院資料展示室では、本学院の生徒・学生たちに学院の歩みを学び理解を深めてもらうために、そして、地域の皆様に広く学院の歴史を知っていただくために、学院の歩みを常設展示致しております。

業務内容

資料の収集、整理及び保存

資料の展示、閲覧、貸出及び情報の提供

学院史の調査及び研究

学院史に関する出版物の編集及び刊行

その他必要と認める事業

展示室・開室時間

月曜日~金曜日 9時30分~16時30分

※展示室は、どなたでも自由にご見学いただけます。
※展示資料の説明などご案内のご希望や資料提供などでお越しいただく際は、事前にご予約をお願いいたします。
※土・日曜日、祝祭日、年末年始の休日、そのほか学院の休業日は、閉室のため利用できません。

主な所蔵資料

学内各部局・事務部等からの受領文書

退職教職員、卒業生(同窓生)等からの寄贈史資料

学内印刷物

新聞等の学校関係記事スクラップ

学院に関係する写真(人物・建物・構内風景等)、映像資料、など

資料提供のお願い

福岡女学院に関する、書籍印刷物、学校発行誌、写真、卒業アルバム、映像、記念品、生徒手帳、大正期〜昭和前期の制服・制帽などをお持ちでしたら、お知らせいただければ幸いです。

お問い合せ先

お問い合わせは以下にお願いいたします。
所蔵資料の閲覧を希望する方は、事前にご連絡をお願い致します。
〒811-1313 福岡市南区日佐3-42-1
福岡女学院 資料室
Tel.092-575-5996
archive@fukujo.ac.jp

FOUNDER AND HISTORY

創立者と歴史

創立者

創立者ジェニー・ギール

ジェニー・ギール(Jean Margaret Gheer)は、1846(弘化3)年11月13日にアメリカペンシルベニア州ベルウッドで生まれました。師範学校を卒業し公立学校で教師を経た後、1879(明治12)年11月に婦人外国伝道会の宣教師として来日しました。当時、アメリカメソジスト監督教会の九州の拠点は長崎にあり、宣教師エリザベス・ラッセル(Elizabeth Russell)の協力者としてギールは長崎の活水女学校の創設に努めていました。その頃、福岡ではメソジスト教会として美以美教会が開設、女子の学校設立を望む声が高まっていました。こうした要望を受け、ギールは事情調査のため1885年4月から5月にかけて来福、6月15日に呉服町の福岡美以美教会仮会堂でキリスト教による英和女学校(後の福岡女学院)を開設致しました。英和女学校初代校長を2年間勤めた後、健康上の理由により帰米しましたが、本学院の設立をはじめ福岡や長崎の女子教育の創設と発展に尽力しました。

歴史

福岡女学院の歴史

福岡女学院の創設は、1885(明治18)年の英和女学校の創立にさかのぼります。設立当初は生徒数わずか25人程度の私塾のような存在でしたが、1888年に正式に学校としての認可を受けました。1903年には、小学科・予備科・初等科・高等科の教育体系の確立と裁縫専科および音楽科の併設、1910年には英文専門科が設立されるなど、教育内容も充実していきました。1873年に幕府によって禁止され続けてきたキリスト教がようやく解禁されましたが、260余年もの長い間その信仰を許されてこなかったキリスト教に対する世間の風当たりは依然として強く、人々の理解を得ることは容易ではないなかでの開学でした。その後も、1899年には文部省訓令第12号によって宗教教育が禁止され、第二次世界大戦下にはキリスト教への弾圧がさらに強まりましたが、日々の礼拝を欠かさずキリスト教主義の学校としてその精神を守り貫きました。なお、1921(大正10)年に制服として採用したセーラー服は、そのデザインをほとんど変えることなく今も学院のシンボルとなっています。

Read More福岡女学院のあゆみ

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福岡女学院に関する書籍

『凛として花一輪ー福岡女学院ものがたり』
(徳永徹 梓書院 2012年)
『ミス・ダイヤモンドとセーラー服 エリザベス・リー その人と時代』
(古川照美・千葉浩美編 中央公論新社 2010年)
『徳永ヨシ その生涯と思い出』
(徳永ヨシ伝記編集委員 学校法人福岡女学院 1960年)